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その暑さ、法律違反かもしれません
「うちの現場でも、また倒れた人がいたよ」
そんな声が聞こえてくるのは、例年の夏場の話…ではなく、もうすでに“制度が変わる”2025年の夏の話です。
近年の猛暑は過酷さを増し、建設現場にとってはまさに命がけの環境。特に現場の中核を担う経営者や現場監督にとって、「安全対策」はもはや“現場任せ”にしていられないテーマです。
実際、厚生労働省の発表によると、熱中症による労働災害で毎年30人以上が命を落とし、その7割近くが屋外作業中に発生しています。
そして2025年6月――
労働安全衛生規則が改正され、一定条件下の現場では「熱中症対策」が義務となりました。これは単なる指導レベルではなく、法的な義務です。
「法改正」と聞くと堅苦しく感じるかもしれませんが、実はこれ、建設業許可を維持し、経営事項審査(経審)での信頼性にも関わる“実務的な対応”の話でもあります。
次章では、実際に現場でどのような問題が起きているのか、現場で直面する課題とともに見ていきましょう。
建設現場で本当に起きていること――熱中症という“見えない危機”
熱中症は突然やってくる――そう語るのは、都内で20人規模の現場を任されている職長のAさん。
「最初はただ『ちょっとフラついてるな』くらいだった。でも気づいたときには、意識がもうろうとしていて、自分では歩けなくなっていた」と言います。
実際、厚労省が分析した熱中症による死亡災害の事例では、100件中78件が「発見の遅れ」、41件が「異常時の対応の不備」という結果が出ています。
つまり、“ちゃんと見ていれば・備えていれば”防げたはずの事故が、いまも現場で起きているのです。
特にリスクが高いのは、次のような状況にある作業者です。
- 朝食を抜いている
- 二日酔い・寝不足で体調が万全でない
- 入職して間もなく、暑さに慣れていない(暑熱順化が不十分)
- 既往症がある(糖尿病・腎疾患など)
- 我慢強く、体調異変を報告しないタイプ
また、気温だけでなく湿度や直射日光、作業時間といった複合的な要素が関係しており、「気温30度」でも安心とは言えないのが実態です。
実際にある現場では、路面の温度が50度を超えた日もありました。作業者の足元からの照り返しが体温を奪い、ヘルメットの中はサウナ状態。冷房のない空間で、汗が止まらないまま工具を握る時間が続けば、体力の消耗はあっという間です。
こうした実情がありながら、「現場の熱中症対策は本人任せ」という空気がまだ一部に残っていることも事実。
しかし2025年6月以降は、事業者に報告体制や緊急対応マニュアルの整備が義務づけられることとなり、放置は“違法”になる可能性もあります。
次章では、改正された制度の内容を、現場目線でわかりやすく解説していきます。
2025年6月施行!現場が変わる“新ルール”をわかりやすく解説
2025年6月1日、労働安全衛生規則の改正が施行され、熱中症対策に関するルールが大きく変わりました。これは全国すべての事業者に関わる改正であり、特に建設業界では実質的な「現場改革」を迫られる内容となっています。
●どんな作業が対象になるのか?
改正後のルールでは、以下のような環境下での作業が対象とされています。
WBGT(湿球黒球温度)28度以上
または
気温31度以上 の場所で、
・1時間以上連続して作業する場合
・1日4時間を超えて作業する場合
建設現場の屋外作業では、夏場の日中はほぼこの条件に該当します。つまり、ほぼすべての現場が対象になると考えて差し支えありません。
●義務化された2つの重要ポイント
今回の改正で事業者に義務づけられたのは、主に次の2点です。
1. 報告体制の整備と周知
- 熱中症の初期症状を訴える作業者がすぐに報告できる体制
- 作業仲間が異変を感じた場合に適切に連絡・報告できる体制
この体制には、誰に報告するのか・どうやって報告するのかが明確に定められている必要があります。
「体調が悪そうでも言い出しにくい」「誰に言えばいいかわからない」――こうした現場の空気を変えるのが目的です。
2. 緊急時の対応手順の策定と周知
以下のような項目を、マニュアルや掲示物として可視化し、現場で共有することが求められます。
- 作業からの離脱手順
- 体を冷却する方法
- 医師による診察・処置への導線
- 緊急時の連絡先や搬送先の明示
対応マニュアルは、厚労省のサンプルではなく、自社・自現場の実情に合わせたものを作ることが前提とされます。
●“3ステップ”の基本アクション
厚労省が掲げる熱中症対応の基本方針は、以下の3段階で構成されています。
- 見つける(異変を早期に察知)
- 判断する(病院が必要かどうかなど)
- 対処する(冷却・水分補給・搬送など)
この流れを現場で実践できる体制づくりこそが、今回の改正の本質です。
法律対応といっても、難解な条文を読み解く必要はありません。
大切なのは「もし自分が倒れたら、誰が、どう動くか」が明確になっていること。
それこそが、命を守る“制度対応”の本当の意味です。
明日からできる!現場で役立つ熱中症対策の実践アイデア
制度が変わると言っても、現場は今日も回っている――
だからこそ、「現場で本当に使える対策」こそが求められます。ここでは、実際の建設現場で取り入れられている熱中症対策の中から、すぐにでも実践できる工夫や仕組みをご紹介します。
●WBGT測定と表示の“見える化”
熱中症の危険度を数値で可視化する「WBGT値」。
現場では、WBGT計の設置や電光掲示板での掲示が効果的です。
値の変化に応じて作業スケジュールを調整することで、体への負荷を予防できます。
●「報告しやすい」空気をつくる朝礼
「気になる人がいたら、すぐに声をかけてください」
「体調が悪い人は、遠慮せず伝えてください」
――そうした声かけを毎朝の朝礼でルーティン化しておくだけでも、報告のハードルは下がります。
報告担当者の名前と連絡先を掲示する、スマホでQRコードから報告できるようにするなど、“ツールより雰囲気”を意識した体制づくりがポイントです。
●休憩の“質”を上げる環境整備
冷房のある休憩所、ミストファン、グリーンカーテン、冷たい飲み物や塩飴の常備――
こうした取り組みは、単なる福利厚生ではなく、作業効率と安全性を守る投資です。
一例として、ある現場では「塩バナナ」や「スイカのふるまい」を10時と15時の休憩時間に実施。
これにより、作業員同士の声かけや体調確認の“間”が自然に生まれたという効果もありました。
●熱中症リスクの“見える人”を見逃さない
- 二日酔い
- 朝食抜き
- 入職初日
- 寡黙で我慢強いタイプ
こうした特徴を持つ作業者は熱中症リスクが高いとされています。
朝礼時や巡回時にこれらの要素を意識し、声をかけやすい関係性づくりを心がけましょう。
●万が一のときの“動線”をチームで共有
- 誰が車を出すのか
- どこの病院に行くのか
- 現場への連絡はどう回すのか
こうした緊急時の「一歩目」を迷わないように、あらかじめ共有しておくことが大切です。
一度でも訓練としてロールプレイしておけば、本番でも落ち着いて対応できます。
制度を守ることが目的ではなく、「誰かが倒れないために、どう現場を整えるか」を考えること。
それこそが、事業者に求められる“実務対応力”です。
制度を超えて、“守れる現場”をつくるために
熱中症対策は、もはや「暑い日の注意事項」ではありません。
2025年6月の法改正によって、それは義務となり、現場管理の“常識”に変わりました。
しかし、本当に大切なのは「制度を守ること」ではなく――
現場で働く仲間の命を守ることです。
熱中症による死亡災害の多くが、「初期症状の見逃し」や「対応の遅れ」によって起きています。
だからこそ、今回の改正で見つける・判断する・対処するというシンプルな3ステップが軸になっているのです。
●「うちの現場は関係ない」と思っていませんか?
WBGT28度または気温31度。
この数値、実は曇りの日でも達する可能性があること、ご存じでしたか?
特に「一日4時間以上」の作業は、屋外作業ならほぼ全ての現場が該当します。
つまり、建設業を営むすべての事業者が、今この瞬間から“対応すべき内容”だといえます。
●やるべきことは、意外とシンプル
- 作業内容を洗い出し、「該当作業」がないか確認する
- 報告しやすい雰囲気と、連絡体制を整える
- 現場に合った対応手順を考えて、皆で共有する
- 朝礼や掲示物、スマホ連携など“伝える工夫”を重ねる
- そして「誰かが倒れたとき、誰がどう動くか」を皆で考える
これらは、今ある現場をベースに、少しの工夫で始められることばかりです。
●最後に、現場を預かる皆さまへ
あなたの現場を動かしているのは、誰ですか?
炎天下で汗を流し、道をつくり、建物を支える職人たちの命を守れるのは、制度ではなく「あなたの決断」です。
「面倒そう」「そこまでやらなくても」――
そう思ったときこそ、一度立ち止まって、現場を見渡してみてください。
制度の壁を越えて、本当に“守れる現場”をつくれるのは、あなた自身です。
📌もし不安なことがあれば…
制度への対応やマニュアルづくりに不安がある方は、建設業実務に精通した専門家に一度相談してみるのも一つの手です。
例えば、行政書士として許可申請や安全書類の整備に関わってきた実務者であれば、“制度と現場”の橋渡しとしてサポートできる場面も少なくありません。
あなたのそのひと工夫が、現場の安全意識を変え、命を救います。
今年の夏、まずはできることから――はじめてみませんか?