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賃上げの必要性を肌で感じる建設業界
近年、建設業に携わる方であれば一度は耳にしたことがあるのが「6%の賃上げ」という数字です。国や業界団体が掲げる目標値として示されており、技能者の確保や人材流出の防止、ひいては建設業全体の持続性を守るために欠かせないものとされています。しかし現場に立つ経営者や職人にとっては、この6%が大きな壁になっているのが現実です。
そもそも建設業は、慢性的な人手不足や資材高騰、現場の工期短縮といった課題を常に抱えてきました。そこに加えて「賃上げ」という新たな課題が突き付けられたのです。もちろん誰もが「働く人には報われてほしい」と思っていますし、若い世代を呼び込むには魅力ある処遇が必要です。けれど、単に給与を上げれば済む話ではなく、その原資をどう確保するかという問題に直面します。
公共工事や民間工事の発注価格が実情に追いついていないと、賃上げは絵に描いた餅になります。いくら「技能者の処遇改善が大事」と唱えても、元請から下請へ、そしてさらに孫請へとつながる現場の資金の流れに余裕がなければ、結局は末端の職人まで届かないのです。最近の意見交換の場でも、「適正な発注」と「利潤確保の入札環境」が強く求められていました。これは現場の声そのものでしょう。
こうした状況を踏まえると、単に「賃上げしろ」と言われて動くのではなく、建設業許可や経営事項審査といった制度を理解し、補助金や資金調達の仕組みを上手に活用することが、これからの経営には不可欠になります。制度をうまく使えば、賃上げを単なるコストではなく「未来への投資」として位置づけることが可能になるからです。
次章では、現場で実際に起きている「賃上げの壁」の姿を具体的に取り上げながら、なぜ6%が簡単ではないのかを掘り下げていきます。
現場で直面する「6%の壁」と資金繰りの苦悩
賃上げは「やりたい」けれど「できない」現場の実情
「6%の賃上げを実現しましょう」と呼びかけられても、実際の現場では簡単には進みません。地方の小規模工務店や専門工事業者では、元請からの工事単価が据え置かれたまま。資材費や燃料費の高騰に加えて、社会保険料などの固定費も増加しており、さらに人件費を6%上乗せする余地がないのです。
業界団体の調査によれば、賃上げを実施した企業は8割を超えるものの、その中で「6%以上」を達成できたのはごく一部にとどまるとのこと。多くの事業者は「人材流出を防ぐための最低限の値上げ」にとどめているのが現実です。
公共工事と民間工事に共通する課題
現場からは「直轄工事の落札率を100%に近づけてほしい」「公共工事設計労務単価を政策的に引き上げてほしい」といった声が上がっています。入札競争の激化や「安さ優先」の発注では、十分な利潤を確保できず、下請や職人まで処遇改善が行き届きません。その結果、若手離れが進み、技能者不足がさらに深刻化する悪循環が生まれます。
一方、民間工事では公共工事と違い基準単価がなく、発注者との関係性が大きな影響を及ぼします。「値上げをお願いしたいが、次の受注につながらないかもしれない」という不安があり、経営者が板挟みになるケースが少なくありません。
賃上げと制度のジレンマ
賃上げの問題は現場の処遇改善にとどまらず、建設業許可の維持や経営事項審査(経審)の評価にも直結します。労務費や社会保険加入の状況は経審で加点される一方、資金繰りに余裕がなければ改善が進まないというジレンマがあります。
「6%の壁」を突破するためには、現場努力だけでは限界があります。制度を理解し、補助金や金融支援などを組み合わせて原資を確保することが、経営を守りつつ人材をつなぎ止めるための現実的な道筋となります。
制度を理解すれば賃上げの突破口が見える
建設業許可と経営事項審査が示す方向性
建設業の経営を語る上で欠かせないのが「建設業許可」と「経営事項審査(経審)」です。これらは単なる行政手続きではなく、会社の信用力や受注機会に直結する仕組みです。
特に経審では、社会保険加入状況や労務費の支払い実績が加点要素として評価されます。つまり「きちんと人件費を支払っている会社」ほど高い評価を得られる仕組みになっているのです。賃上げの努力は、経審の点数を通じて公共工事の受注チャンスにつながり、結果として次の原資を生むという好循環を期待できます。
公共工事における労務単価の位置づけ
公共工事では、国が毎年調査を行い「設計労務単価」を定めています。これは現場で働く技能者の労務費を算出する基準となるものです。しかし実際の現場では「調査結果を反映するだけでは不十分」「政策的に引き上げてほしい」といった声が根強くあります。
設計労務単価が適正に引き上げられれば、元請から下請、さらに職人へと適切に処遇改善が波及する可能性があります。つまり「制度設計次第で6%の壁を乗り越える力が得られる」ということです。
補助金や助成金の活用余地
賃上げを直接支援する仕組みとしては、厚労省や自治体が実施する「業務改善助成金」などがあります。これは事業場内の最低賃金を一定額引き上げる場合に、設備投資や研修費用の一部を助成する制度です。さらに、建設業に特化した補助金・助成金は少なくありません。
例えば、ICT施工の導入や電子契約システムの活用に補助金を利用すれば、生産性を高めながら人件費の原資を確保することができます。単なる「給与アップ」ではなく「業務効率化と併せた処遇改善」として進めることで、無理なく持続的な改善につなげられるのです。
金融機関との連携で資金調達を安定化
もう一つの柱は資金調達です。公共工事の入金サイクルや、材料費・外注費の先払いが重なると、どうしても資金繰りが厳しくなります。その際に金融機関からのつなぎ融資や信用保証協会を活用することで、一時的なキャッシュ不足を回避できます。
さらに近年は「賃上げ企業に優遇金利を提供する融資制度」を設ける金融機関も増えており、制度を知って動くことで有利な条件を引き出せる可能性があります。
明日から取り組める賃上げと経営改善の実務ステップ
まずは「見える化」から始める
最初の一歩は、自社の現状を把握することです。
人件費の総額、技能者一人あたりの平均給与、社会保険料の負担、経審に反映される労務費率などを整理してみましょう。数字にしてみると「あとどの程度の上昇が必要か」「現状でどこまで耐えられるか」が見えてきます。エクセルや会計ソフトを活用すれば、簡単に「賃上げシミュレーション」を行うことができます。
補助金・助成金を賢く組み合わせる
制度を活用することで、実質的な負担を減らすことができます。
たとえば業務改善助成金は、賃上げを行った場合に設備投資や人材育成費用の一部を助成してくれる仕組みです。さらに、ICT施工導入補助金や省エネ関連の補助金と組み合わせれば、「賃上げと生産性向上」を同時に進めることができます。
補助金情報は国だけでなく、都道府県・市区町村が独自に設けているケースもあります。地域の商工会議所や行政窓口に確認することで、自社に合った制度を見逃さずに活用できます。
※厚生労働省が管轄する 助成金の申請手続きは、法律により 社会保険労務士の独占業務と定められています。そのため、当事務所で対応することはできませんが、 提携している社会保険労務士事務所と連携して制度をご案内 することは可能です。
金融機関との関係づくりを強化する
資金繰りの安定には金融機関との関係性が不可欠です。
賃上げや技能者処遇改善に積極的な企業には、優遇金利や信用保証枠の拡大といった支援が提供されることもあります。普段から決算書や資金繰り表を整理し、経営改善の姿勢を伝えることで「頼れるパートナー」としての信頼関係を築くことができます。
建設業許可の更新や経審でプラス評価を得るためにも、「金融面の安定性」は重要なポイントです。単なる借入先ではなく、経営の伴走者としての銀行や信用金庫をどう使うかが分かれ道になります。
現場の声を拾い上げて反映する
制度や数字の工夫だけでなく、実際に働く職人や従業員の声に耳を傾けることも欠かせません。
「残業が減ると助かる」「資格取得の支援があると安心」といった声は、必ずしも賃金そのものではなく、働きやすさや将来性に直結しています。ICT施工の導入で測量や書類業務を減らすことも、従業員の満足度を高め、結果的に定着率を向上させます。
6%の壁を越えるためにできること
「賃上げ=コスト」ではなく「未来への投資」
6%という数字は確かに高いハードルに映ります。しかし、それを単なるコストと捉えるか、会社を守り人材を育てるための投資と考えるかで、結果は大きく変わってきます。制度を知り、補助金や融資を組み合わせることで、負担を軽減しながら持続可能な処遇改善につなげることができます。
制度と現場をつなげる視点がカギ
建設業許可や経営事項審査といった制度は、現場にとって「面倒な手続き」と見られがちです。しかし実際には、賃上げや処遇改善の努力を評価につなげ、公共工事の受注や金融支援の優遇へと橋渡ししてくれる仕組みです。現場の声と制度をどう結びつけるかが、経営を安定させる大きなポイントになります。
一歩踏み出すことで未来が変わる
「うちの会社にそんな余裕はない」と思う方も少なくないでしょう。ただ、現状を数字で整理してみる、補助金の情報を調べてみる、金融機関に相談してみる——。その小さな一歩が、将来の6%達成につながる大きな道筋になります。
もし制度の調べ方や申請の仕方に不安がある場合は、専門家に相談するのも一つの方法です。行政書士などの実務支援を担う専門家は、制度と現場をつなぐ役割を果たせます。
まとめ
建設業界が抱える「6%の壁」は、単に給与を上げるかどうかの問題ではなく、適正な発注環境、資金調達、制度活用の三本柱で乗り越えていく課題です。現場の努力に制度や金融の仕組みを組み合わせることで、初めて持続可能な賃上げが実現できます。
無理のない範囲でできることから始めてみる——。その積み重ねが、会社の未来を守り、人材を確保し、地域の建設業を支える力になっていきます。