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「なぜ今“社員大工化”が注目されるのか」
建設業の現場では、人手不足が深刻な課題になっています。特に住宅分野を支える大工職人は高齢化が進み、若手の入職が思うように増えていません。こうした状況を受けて、国土交通省の有識者会議では「安定雇用による担い手確保」が議論され、月給制・休日制度の導入といった方向性が示されています。
ここで使われる「社員大工化」という言葉は、国の公式な施策名ではありません。しかし「請負中心から雇用へシフトする動き」をわかりやすく表現するものとして、いま業界関係者から注目されています。
これまで大工といえば「一人親方」や「請負契約」の形態が一般的でした。働き手から見れば収入や将来が不安定になりやすく、経営者から見ても技術を継承する仕組みを作りにくいという課題がありました。そこに、月給制や週休2日制を取り入れた社員雇用=社員大工化を促す動きが出てきたのです。
この変化は単なる雇用形態の見直しにとどまりません。安定した雇用条件は若者の入職を後押しし、教育やキャリア形成の仕組みを整えることで技能継承にもつながります。さらに、リフォーム需要が増えるストック社会において、社員大工を抱える会社ほど仕事の幅が広がりやすくなるという調査結果も出ています。
一方で、社員大工化に取り組むためには建設業許可の取得や経営事項審査への対応、そして資金調達の工夫が不可欠です。安定した雇用を支えるには資金計画や制度の活用が大きなカギを握ります。つまり、国の施策と会社経営の実務支援は切っても切れない関係にあるのです。
本記事では、最新の国の動きを踏まえつつ、建設業許可や資金調達支援など「実務面での備え」が、これからの工務店経営にどのように役立つのかをわかりやすく解説していきます。
「町場の工務店が直面する“人手不足と繁閑差”の現実」
住宅現場でよく聞かれるのが、
「大工が足りない」「若い子が続かない」
という声です。
ある工務店の社長はこう嘆きます。
「職人は腕はあるけど皆60代。仕事はあるのに人がいない。若い子を入れても、請負の形だと先が見えないって辞めてしまうんです」
現場を支える大工が不足すれば、工期が延び、施主への引き渡しにも影響します。人がいないからと無理に下請けを重ねれば、重層構造の中で利益が薄まり、疲弊するのは元請も職人も同じです。
さらに、住宅業界には“繁閑差”という特有の波があります。新築需要が集中する時期は多忙を極め、逆に閑散期には職人が手持ち無沙汰になることも珍しくありません。実際に国交省の調査などでも、社員大工を抱えていない会社ではリフォーム売上が少ない傾向が示唆されており、仕事量の波を吸収しにくいという課題が浮き彫りになっています。
これは単に「若い人を採用すればいい」という問題ではありません。入職後に育て、キャリアを描ける環境がなければ、結局は定着しないということです。そして、その環境を整えるには、安定した経営基盤と制度対応が欠かせません。
ここで大切になるのが、建設業許可や経営事項審査、さらには資金調達の仕組みです。許可を得て公共工事や大きな案件に参入できるようになれば、受注の幅が広がります。経審で評価を高めれば、元請としての地位も安定します。そして、資金調達を上手に行うことで、月給制の社員大工を抱えるだけの余力を確保できるのです。
現場の声と制度の仕組み、この両方を結びつけて考えることが、これからの工務店経営にとって避けて通れないテーマとなっています。
社員大工化を支える制度と国の動き
いま国土交通省が進めているのは、住宅分野の技能者を持続的に確保するための新しい方針です。特に注目されているのが、「社員大工化」という考え方。これまで請負契約中心だった大工の働き方を、月給制・週休2日といった雇用形態に切り替え、安定した職場環境を整えることが柱の一つになっています。
国が掲げる4つの視点
有識者会議がまとめる提言では、担い手確保策を次の4つの観点で整理しています。
- 入職者の増加
高校や専門学校と連携し、若者に大工という職業を選んでもらえるような仕組みをつくる。 - 職場環境の整備
月給制や休日制度を取り入れ、他産業と比べても見劣りしない労働条件を目指す。 - 将来の見通しの整備
キャリアパスや育成プランを可視化し、技術を磨きながら成長できる道筋を示す。 - 生産性向上
プレカットやデジタル化などを活用し、省力化・効率化を進める。
この方向性は、2025年度内に決定される次期「住生活基本計画」において、担い手確保や雇用安定化の観点として盛り込まれる可能性があるとされています。
制度と経営実務の接点
では、この国の動きを現場や経営にどう生かすのか。ここで重要になるのが、建設業許可や経営事項審査(経審)です。
- 建設業許可を持つことで、公共工事や元請け案件に参入しやすくなり、社員大工の雇用を支える安定受注につながる。
- 経審では、自社の経営内容や技術力を数値化できるため、取引先や金融機関に対する信頼性が増す。
さらに、社員大工を抱えるためには資金調達の工夫も必要です。月給制を導入すれば、閑散期にも人件費を支払うことになります。ここで活用できるのが、補助金や融資制度。例えば「人材育成」「働き方改革」「設備投資」に関する補助金は、社員大工化の取り組みと相性が良いケースが多いのです。
つまり、国の政策と自社の制度対応を組み合わせることで、
「人手不足を解消しながら経営を強くする」
そんな道筋が開けてくるわけです。
今からできる!工務店経営者のための3つの実践ステップ
制度や国の動きを理解しただけでは、現場の課題は解決しません。大切なのは、経営者が「では何をすればよいのか」を明確にし、行動に移すことです。ここでは、社員大工化や安定経営に向けてすぐ取り組める3つのステップを整理します。
ステップ①建設業許可を確実に整える
社員を雇用して事業を拡大するなら、まずは建設業許可の取得・更新が基本です。許可を持たないと請けられない工事があり、元請としての信頼性も大きく変わります。
- 許可更新の期限管理(5年ごと)を徹底する
- 許可業種を増やして仕事の幅を広げる
- 許可取得に必要な財産要件や経営経験の証明を準備しておく
「更新忘れで許可失効」というケースは意外に多いため、社内での管理体制を整えることが第一歩です。
ステップ②経営事項審査で会社の“格付け”を高める
経審は面倒でわかりにくいと敬遠されがちですが、公共工事だけでなく金融機関や元請からの評価材料としても大きな意味を持ちます。
- 点数アップに直結する経営指標を把握する
- 技術者資格の取得や社会保険加入を進める
- 財務内容を改善することで、融資や取引の場面でも有利に働く
「社員大工を増やしたいが資金が不安」という会社ほど、経審を活用して信頼性を数値化しておくと資金調達の場面で役立ちます。
ステップ③資金調達と補助金を戦略的に活用する
社員大工化を直接対象とした補助金制度は現時点では存在しませんが、雇用関係助成金や設備投資補助金などを間接的に活用できるケースがあります。たとえばキャリア形成助成金や働き方改革支援助成金、省エネ補助金などは、人材育成や省力化に取り組む工務店に役立ちます。
- 雇用関係助成金(キャリア形成、働き方改革など)を調べて活用
- 設備投資や省力化に関する補助金で現場の効率化を後押し
- 金融機関との関係を早めに築き、資金繰り相談を定期的に行う
※厚生労働省が管轄する 助成金の申請手続きは、法律により 社会保険労務士の独占業務と定められています。そのため、当事務所で対応することはできませんが、 提携している社会保険労務士事務所と連携して制度をご案内 することは可能です。
「資金繰りが安定しているから社員を雇える」という流れをつくることが、結果的に人材定着と経営安定の両方に直結します。
実務支援のパートナーを持つ重要性
許可や経審、補助金の申請は専門的な知識が必要で、現場を抱えながら経営者が一人で担うのは負担が大きい部分です。こうした場面では、制度に詳しい実務者(行政書士など)に相談してサポートを受けることで、スムーズに進められます。
つまり、
- 許可の整備
- 経審での信頼性向上
- 資金調達の確保
この3本柱を実践することで、国の「社員大工化」施策と歩調を合わせながら、自社の持続的な成長を描くことができます。
未来の工務店経営に向けて、今できる一歩を
住宅分野の担い手不足は、もはや一社だけで解決できる課題ではありません。だからこそ国が「技能者の安定雇用や処遇改善」を後押しし、若者が安心して入職・定着できる環境づくりを進めています。
一方で、現場に近い工務店経営者が何もしなくてよいわけではありません。許可や経審を整え、資金調達の仕組みを組み込むことで、初めて「社員を抱えて育てる」体制が現実のものになります。
- 建設業許可の更新を忘れずに管理すること
- 経審で信頼性を数値化し、評価を高めること
- 補助金や融資を活用し、人件費を支える余力を確保すること
これらはどれも特別な会社だけができることではなく、意識さえすれば今すぐ始められる実務支援の活用法です。
「社員大工化なんてうちにはまだ早い」と感じる経営者もいるかもしれません。けれども、制度の基盤を固め、資金の見通しを立てることは、社員を雇う雇わないにかかわらず経営を安定させる武器になります。
制度と現場の橋渡しを担う専門家に相談しながら、小さくても一歩を踏み出すこと。その積み重ねが、会社の未来を支える人材確保と持続的な成長につながります。